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証し

ゆるされて生きている自分2003-12-10

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第62回40日修練生 南神奈川教区 高木美幸(4千万双) ある日の昼の役事のときに、急に神様の悲しみや寂しさ、自分の堕落性を強く感じました。そのとき前に飾ってある真のご父母様の御写真を見てから、役事の時間中ずっと涙が止まりませんでした。そして役事が終わって六講堂の外を見渡したとき、神様が私たちのために造って下さった美しい自然が溢れているのを見て、「本当に神様はここにいらっしゃる」と感じました。 でもそれから、なぜかすっきりとしない状況が続きました。神様の愛の一片に触れたいのにどうしたらいいのか分からなくて、本当に苦しくて苦しくて、正直にそれも祈ってみました。そして役事の後、情心苑で祈祷しているとき、真のご父母様のお写真を見ていると急に涙が出て、ただわけが分からずに泣いたら心と胸が暖かくなってきて、自分が生きていること、息を吸っていること、もうそれ自体が神様の愛だと感じるようになりました。空気をなくすこともできる神様に、赦されて生きている自分を知ったのです。私は神様の愛のそのあまりの大きさにびっくりし、反省させられ、そして感謝しました。 今まで「神の責任分担95パーセントと人間の責任分担5パーセント」といえば、常に人間の5パーセントだけを考えてきました。しかしその神様の95パーセントがどれほど大きく、また愛に満ちたものであるかを知るようになりました。神様に本当に心から感謝いたします。 今後の私がすべきことは、この清平の地で受けた恵みを持って日本で実践することであると思います。もっともっとより深く神様を感じ、何よりも真のご父母様を解放させることができるのは私たちしかいないので、がんばっていくしかないと思います。日本に帰国し、この清平の恩恵を連結させていくことができるように、そして何より私自身が神様の前にしっかりと立っていくことができるようにがんばっていきます。 (「清平の恵みの証し第四集:精誠と愛によって」より抜粋引用 )