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証し

大母様の目には愛が溢れて2003-12-10

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韓国 慶北(ギョンブク)学舎教区 坪洞 (ピョンドン)教会 第67回40日修練生 蔡秋蓮(チャイ・チウリェン、36万双) 大母様は妊娠をして40日修練会に参加しに来た私を見られて、「奇跡だ! 」とおっしゃいました。このような驚くべき大きな恵みと愛を許してくださった真の御父母様と興進様・大母様にまず感謝申し上げます。 私は鮮文(ソンムン)大学校に通っていた1997年、大学が休みの期間に大学生40日修練会に参加しました。そのときは今のように良い建物ではなく、テントで修練を受けたときでした。 私は幼いころから体がとても弱いほうでした。中学校と高校のとき突然倒れて休学をし、学校を長期間休んだこともありましたが、その後、特に大きな病気はしませんでした。ところが40日修練に参加して愛の樹の前で祈祷をしている途中、突然倒れてしまいました。そして大母様が按手をしてくださりながら、「体がとても弱わっています。霊的な原因によるものです」と語られました。 倒れてからは役事の時間になると息が切れて、指の節々から始まって全身がコチコチにこわばりました。直接、私の体を按手する力さえありませんでした。そんな時ごとに韓貞子(ハン・ジョンジャ)勧士が按手をしてくださったのですが、按手を受けると体がほぐれて、なんとか生活できるようになりました。けれどもずっと力が出なくて多くの修練生たちに頼っていました。ひどいときには起きることもできず、何日間か病院に入院して栄養剤を注射してもらいながら、病気の原因を探すために脳波検査、血液検査、CT撮影をしました。しかし正確な原因を探すことができませんでした。 40日修練に参加し続けるのがとても大変で家へ帰るしかない状態になりました。大母様は、「家に帰っても、病院に行っても治せませんから清平に残って修練を受け続けてください」とおっしゃいました。しかし、しょっちゅう倒れて命まで危ない状態で、周りの人々にも不安感を与えてしまう等、いろいろなことがとても申し訳ないので修了できないまま帰らなければなりませんでした。 その後、冬にもう一度40日修練を受けに来ました。そのときもやはり修練会が始まって一週間後からたてつづけに倒れました。しかしそのときは、「どのようにしてでも最後まで修練会を受けよう」と堅く決意していました。この体ではどこに行っても生きられないでしょうし、清平でしか治せないと確信していたためです。 ところで今度は私の症状が吐くことに変わりました。食べさえすればすぐに吐き出しました。ひどく吐いたので、その後黄色い胃液が出てくるようになり、血まで出てきました。食べなくても吐きました。こんな症状が一ケ月も続きました。なんにも食べられず一ケ月間、横になって栄養剤を打ってもらいながら修練生の皆さんに助けてもらって、役事の時間には背負われて行き、また按手を受けた後は訓読をする講堂に背負われながらに戻って来ました。病院の方では単純に胃炎と言うだけで、完治させるための何らの治療方法も提示してくれないまま、単に胃腸薬だけくれるのです。 私はあたかも死人のように横になって過ごしました。役事の時間にも座っている力さえありませんでした。死にたいくらい大変だったそのときのことを思い出せば今でも涙で前が見えないほどです。私はそのとき全てのことを天のお父様に委ねました。生命を下さった方もお父様であり、生命を持って行かれる方も天のお父様だと信じました。興進様・大母様のみ言を絶対的に信じて頼りました。 私がとても大変だったとき、役事の時間に私を慰めてくださる神様の声を聞きました。「私の娘よ、私の娘よ、 悲しがってはいけない。 私がいつもおまえの横にいるんだよ」と神様は言われました。そして真っ白い雪の中を私一人で歩いているとき後ろを振り返ってみると、とても大きい足跡が私のそばまで付いて来ているのを神様は見せてくださいました。そのとき神様に出会った私は、神様の愛を今まで感じることができないまま過ごしてきた自身を悔い改めながら泣き叫んでしまいました。とても大きな声で泣いたので周りの人たちが、「どうしたのか」と言いながら私に近づいてきたほどです。今、私がこのように生き返って証しできることがどれほど大きな喜びであるかわかりません。 そのように40日修練を終えて1999年のお正月に少しの間、台湾の実家に行ってから再び清平に帰ってきました。大母様が、「清平でなければあなたは死ぬこともあり得るので、もっと残って霊を分立しなければなりません」とおっしゃいながら、「学校を休学して清平にもっといるのがいいです」とのみ言を語ってくださったからです。 1999年は先祖解怨式が始まったときでした。不思議なことに直系先祖解怨をし終えてから体が少しずつ良くなり始めました。以前、大母様は母方の先祖に問題があると私に語られたことがあったのですが、そのときはまだ直系先祖しか解怨できず、母方の先祖は解怨できませんでした。しかし大母様の特別な配慮で母方解怨をするようになりました。母方解怨をし終えてからは体の変化がはっきりわかるくらいよくなり始めました。 先祖解怨をしてからは会う人ごとに、「お姉さん、とても良くなりましたね! 」と言われました。私を憶えていた人たちはいつも私が泣いてばかりいたことを思い出すと言いました。私は病状が悪い時ごとに、「先祖の罪が多いんだな! 」ということを深く感じました。体が耐えがたいほど悪いときは「死にたい」という思いもたくさんしました。そのようなとき私の横へ来られて、力を失わないように激励してくださった講師にも感謝申し上げます。また私をよく助けてくださった鮮文大学校の友人たちにも、もう一度感謝申し上げます。 私がいつも横になっていたのを見ていた周りの人たちは、私がどうやって生き返ったのかと不思議に思いました。体の状態がとても良くなって1999年8月に再び復学をすることができました。私は長い間、清平に留まりながら天使を見たりもし、また多くの霊的体験もしましたが、何よりも自分の霊人体を見たことが今でも自分の生活をもう一度点検させてくれる貴い機会となりました。 今まで修練を何回も受けましたが受ける時ごとに感じが違って、悟ることもみな違いました。今回妊娠をして受けた40日修練を通して、私自身が犯した罪と堕落性がまだあまりにも多いということを深く感じました。毎日祈祷して聖歌を賛美しながら私自身の罪と堕落性をいくら分立しても終わりが見えませんでした。多くの涙を流し、また流しても、罪を洗い流すことができないように思われました。 私なりに一生懸命しましたが、自身の罪が大きいという思いに、それほど心は軽くありませんでした。 実は修練に来る前に大母様が夢に現れたことがあります。夢の中で大母様が重要な摂理のために山に登られたのですが、私が偶然にそこで大母様にお会いしました。大母様が私に、「買い物をしに行く時にはいつも買い物かごを準備して行くのですか」と尋ねられる夢でした。起きてから考えてみましたが、どういう意味なのかよくわかりませんでした。夫に夢のことを話したところ、夫は私に「準備がされていてこそ神様が下さろうとする恵みを受けることができるのだから、精誠をもっとたくさん尽くさなければ」と言いました。 私は健康な赤ちゃんを必ず産まなければならず、また私の堕落性を整理しなければならないという思いからこの修練に臨むようになりました。もう今回の修練期間が終わるまであと何日かしか残っていませんが、神様が準備された福はたくさんあるのに、私の精誠がとても不足しているように思われます。それで修練がもう終わりに近づいているのでとても名残惜しい気持ちです。 私はいつも大母様にお目にかかるごとに涙がまず出て来ます。どれほど多くの愛を受けたのか、言葉ではみな表現することができないほどです。大母様の目には愛が満ちています。大母様の近くにいると穏やかさが波のように押し寄せてくるのが感じられます。私は2002年に家庭を出発してすぐに妊娠をしました。現在は妊婦として第69回40日修練会を受けています。 いつも愛で導いてくださって見守ってくださる神様と真の御父母様、興進様・大母様に心から感謝申し上げます。私が病気で横になっていたとき毎日毎日私のところに来て按手をしてくださった韓貞子勧士と、いつも助けてくださった講師にも、もう一度感謝申し上げたいです。  (「清平の恵みの証し第四集:精誠と愛によって」より抜粋引用)
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