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証し

天国人を作る修錬所2001-10-12

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所 属:カンソ教区カンソ教会  家 庭:4000万双  名 前:大貫なぎさ(オオヌキ ナギサ)  今回21日修練会に参加することになりまして外的には体力面で大丈夫かな、ついていけるかな、と不安を持ちながらも本心は喜びと期待で一杯でありました。なぜかと言うと去年の12月2日に私の父が62歳で突然、心筋梗塞で、前日までは本当に元気だったのに、亡くなってしましました。本当に一緒に住まわせてもらってとてもお世話になった父でありましたが、しかし頑固な面もありまして、ちょっと反発心などもありましたので、本当に一緒にいてお礼の言葉とか親孝行もできないまま霊界に突然行ってしまいまして、そしてそのときに家族で昇天式というものをさせていただきまして、本当にその父が霊界の何処にいるのか、本当にとても心配でありましたのでそのようなことも整理したかったからです。そして参加する前に父の夢を様々見ていたこともありましていつも夢の中で、「お父さん、今霊界の何処にいるの?真のご父母様は何処にいらっしゃるの?」と言う質問をしたことがあります。普通よりちょっと悪い所にいる。お前たちの精誠によってしか上がれないから頑張って欲しい。そういうメッセージをうけておりましたので本当に今回の清平において父が出来るだけ良い霊界にいけるように祈りたかったし,生前感謝の内容を述べる事が出来なかった内容を本当に情心苑で祈祷して父にこの思いが届けばなという心情で参加致しました。そして韓国人の主体者が日本で今まで本当に苦労しながら肉体労働しながら体をこわしたり、いろいろ仕事の面でもとても苦労して、本当に私が心が痛い面がたくさんありましたので、そういう主体者のこれからの仕事の為にも一生懸命祈祷して再出発したいという望みがあって今回参加しました。 そして清平は過去落ちてしまった自分の心情を引き上げてくれた場所でありました。97年の2月にはじめて清平に参加しました。そのときの私の心情は、もう信仰暦も長くなっていてだんだん日本の激しい摂理に疲れておりましたし、教会に行っても聖歌を歌っても祈祷も出来ないし,心も枯れていて、教会に行ってもぜんぜん復活できない自分自身を感じていましたのでもしこの清平に参加して本当に心から心情で復活できたらこの道を行くけれど、もしなにも感じる事が出来なかったら私はこの道を離れざるを得ない。そういう悲壮な心情で参加致しました。清平にはじめて着いたときは、本当に世界各国から人が来ているのを見たときにここから世界が始まるという事を感じましたし、大母様や講師の方々の話しを聞くうちに邪心で覆われていた自分の本心がだんだん靄や霧が晴れるように今までみ言を聞いても何も感じなかった心がだんだん感動して来るようになりまして、やはりこの道しかないと、また神様の為に頑張ろうという気持ちになりました。その後宣教と祝福に向かうことができたのです。 今回の21日修練会に関しては心情転換を第一目標としておりましたので病気とか体の面に関してはまだ若いと言う事もありまして、そんなに期待はしてはおりませんでしたがしかし唯一私を悩ませていたのは皮膚湿疹というものでした。皮膚湿疹というのは手のひらのしわが見えなくなるほどにがさがさになりましてひび割れて縦横に深い線が入って時には血が出たりすることです。 やはり自分も家庭を持ち始めて3年ぐらいしてからなり始めて洗い物をする時にはいつも手袋をはめて、いつもクリームを塗って、夜は手袋をはめて寝たりしていました。 でもそんなに気を使ってもいっこうに治りませんでした。たかが皮膚湿疹といっても切れて血が出て痛いのでバンソウコウをはってふやけてはまた貼りなおし、そういう繰り返しで、そしてまた一番よく使う右手ですから子供のオムツを換えてまたガサガサになって痛くて本当に不便で辛いものでした。もし10万払ってでも治るとしたら、その医者を探して行きたい思いでした。しかし余りにも治らないので、また皮膚科の先生のところに相談に行きました。そうしたらステロイドの薬を出してもらったのですが、副作用があると言う事も聞いておりましたので、本当は使いたくないのですがしかし、余りにも痛いので仕方なく塗っておりました。それで今回もそれをこちらに持って来て、また按手もしますし、おそらく手も切れてもっと痛くなるだろうと、バンソウコウもたくさん準備してきたのですが何故か1日2日めぐらいで自分も意識して天神水と生命水を塗ったり、按手をするうちにぜんぜん自分の手の感覚が違う事に気づき始めました。日本では3年間で1日も治らなかったものがだんだんつるつるしだして本当にただ不思議としか言いようのないほどびっくりしました。そして後は人参の軟膏を塗りながらケア-していったのですがバンソウコウを1枚だけしか使わないで、中間からその後半にかけては全くほとんど左手と変わらないぐらいつるつるの手になっておりました。 今はその右手を見るたびに本当に嬉しくてたまらなくて何度も何度も見ながら笑ってしまう状況です。 霊的体験に関しては、文教育部長の講和のときにありました。二人がペアになってお互い目を真剣に見つめあう時間がありました。そして相手の心がどれだけわかりますか?6000年ぶりに出会った兄弟姉妹たちです。抱きあってください。という時間がありまして、その時に本当に横にいる兄弟姉妹のことをどれだけ自分は心配しただろうかと、そしてまた表面的にばかり付き合っていて本当のところから兄弟姉妹と思ったことはなかったんじゃないかという悔い改めの心情が出てきました。そうしてある姉妹と抱きあったときに、私を通して明らかに私でない人格の方がきゅうに激しくおえつしながら泣き始めました。その時どんな心情が心から湧き上がったかというと本当に今まで寂しかった。真の愛に出会いたかった。神様の愛に出会いたかった。神様の愛に主管されたかったという本当に強い思いが涌き出てきました。その時思ったことが、本当にこの霊人たちが今のこういう神様と父母様が完全に勝利されて真の愛が顕現するこのときを待っていたんだという事を本当に感じ、心から感動致しました。 そして生活面に置きましては、自分の課題や堕落性や恥ずかしい部分がはっきり所々で出てきました。報連相をしないで自分勝手な行動をしたり、朝の生命水をペットボトルに入れてはいけないにもかかわらず、みんなもやっているからと、少ししか人がいないからと汲んでしまったり、情心苑の前で靴をそろえていないのを注意されたのですが、いつもの自分だったら、みんなもやっているから良いじゃないかとか、ちょっとぐらいだったら良いんじゃないかと結構いい加減な気持ちだったのですが、しかしここは天国の訓練所の清平でありますので、そういう小さいことを一つ一つ守れずしては堕落性も脱げないし、お父様の偉大なみ言を守ることは決して出来ないと感じましたので本当にすべての事実を受け入れて、そういうことを一つ一つ守る事によって自分の堕落性が脱げるし、成長するという事を感じましたので全部一つ一つ守っていくように致しました。すると守っていく中で本当に本心が嬉しくなってやはり本心どおり生きて小さいこともしっかりすることも大切だし、また大母様がよく言われるように、掃除をしっかりしなさい。きれいにすることは本当に重要です。と本当に感じてこれからも頑張っていきたいと思いました。 後は役事スタッフに立候補致しました。する前は歌ってみたいけれど、でも人前に出るのは余り得意ではないし、緊張して失敗したらどうしようと思って、失敗するんだったら、しないほうがいい。そういう自分の弱い心情があったのですが、しかしやる前からできないとかそういう弱いマイナス思考の面を克服しなければいけないと思いました。なぜならそういう弱い自分があってはこれから神様のみ旨を強く雄雄しく歩むのに、そのような強く雄雄しく歩む事ができないと思ったからです。そして堕落性を脱いで自分を忘れてただただ神様を考えて一生懸命頑張ろうと完全投入致しました。そして終わって見れば自分が思っていたほど緊張することもなく正々堂々と頑張りきる事が出来ました。 大母様がみ言を語られるときのお姿は本当に美しく素晴らしくて、本当に私も大母様のような女性になりたいと心から思いました。表面はとても柔らかくて愛溢れる人なのに、神様を思えばとても芯の強い女性になりたいと思いました。そして今まで家族に対しても子供に対しても自分の感情で怒ったり、けんかする時も主体者の心を本当に傷つけてしまったことが走馬灯のように思い出されて本当にたくさん泣いて悔い改めて、そしてこの口から出る言葉がどんなに重要であるかも学ばさせて頂きましたので、本当にこれからは自分の口から出る言葉が愛ある言葉、そういうことを本当に気をつけて夫に対しても、子供たちに対しても本当に愛を持って余裕を持って接していく事が出きるようにと決意致しました。そして今までは神様が祝福家庭を見て泣かれていたという大母様の証しがありましたけれども、これからは祝福家庭である我々祝福家庭を見て二度と神様に悲しみの涙を流させないようにいつも笑いと喜びと、愛溢れる家庭を作っていくことを固く決意致しました。本当にどうもありがとうございました。
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