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証し

地獄から救いを求めた先祖2001-10-12

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所 属:京都教区 京都教会  家 庭:36万双  名前:ワタナベ キョウコ(第13次入籍修練生) こんにちは、京都教区、京都教会、36万双のワタナベ キョウコと申します。 この度、第13次の入籍修練会に参加し、多くの恵みを受けました。神様と真のご父母様の御前に心から悔い改めをなし、より深い絆を結んで生まれ変わることのできる私になりたいと心引き締めて、朝もやの中、祈祷に参加しました。体調の事情もあって祝福の樹までは行けず、祝福の樹を仰ぎ見ながら祈祷しますと、「み言とはすべての集約、祝福とは真のご父母様の人格、祝福とは神様であり、親の心情の全てである」み言を与えられました。 私たちは簡単に祝福といいますが、お父様の愛が流れてきて侍る事への感謝でいっぱいになりました。朝の役事があり、歴史的、民族的、家系的、個人に多くの悪霊を受けなければならない本当に悔い改め罪の深さを心から思い涙が止めどもなく溢れてきました。私のまぶたの中に見えたのは余りにも悲惨な自分の姿でした。 私は腰の痛みがあり、足先まで痛みが走り、30分と立っているのも厳しく、長い時間の歩行も困難な毎日、み旨も行きかえりだけで大変苦痛を感じておりました。自分の荷物を持って清平にたどり着けるだろうかと思ったくらい足腰の痛みは私の今回の内外ともの大きな課題でありました。骨も化石のように死んだように、その中に穴を掘って潜む悪霊のすさまじい恨にこの恨みは到底私の心情で解けるだろうかと、かみさま、真のご父母様、興進様、大母様の立ててくださった精誠を思い、ただひたすら涙の役事と訓読と悔い改めの祈りでした。数日して愛の樹で祈っている時、血管の中を我が物のように動く悪霊のその姿に血統転換と精誠と悔い改めなさい申される大母様のみ言を思い出しました。血統、この罪を思うとき女性、エバとして身の置き所のない私でした。 ただ涙でひれ伏すばかりでした。身悶えするばかりでした。祝福は砂粒一つ探して出合せたようなものだといわれるお父様のみ言がございますが、私はエバは砂粒一粒にも罪の深さがあると実感し、自分の習慣性と恐ろしさを思うばかりで本当に私は生まれ変わらなければと、心な中でそう決めました。神様と出会いましてから21年目この5月30日は天地祝福を頂きました。母77歳の誕生日です。この小さな母と私の歴史を見ただけでもどれだけの先祖の願いが託されて今日があるかと思ったとき、幼い頃に母からは神様はありがたいよ。人が困っていたら助けてあげなさいよ。人間はお金じゃないよ。心が大切なのよ。と教えられて家訓のようでした。当たり前と思ってきましたけれど神様と真のご父母様に一歩一歩近づく心を母が育ててくれていたのだと思いました。苦労もいっぱいあったけれど、あたしを産んで育ててくれてありがとう、少しシワと白髪も増えて小さくなった母に心の底から命の尊さを、そして家系の摂理の重みを感じありがとうの涙で、長い年月のその重みを感謝しつつ、神様、真のご父母様、ありがとうございます。お父さん、お母さん、私は今、情心苑でご父母様に大きな恩恵を受けたことをほんとうに心から感謝してお父さんお母さんがありがとうと抱いて泣いていま、叫んでいます。 愛の樹のところで行なっていた祈祷が、情心苑で行なう祈祷となり、祝福の樹にまっすぐに行って祈祷できるようになった夜、園の歌を心情を込めて讃美している時、興進様、大母様、訓母様が地獄の先祖を探しに行かれる様子、泥沼、沼の中で苦しみ、待ち望む先祖の姿、穴の中に潜む人、一人では二度と出られない谷底の暗黒の中で押しのけ押しのけもがき、膿漏と繰り返している人、そのような様子が見えて、大母様が必死で語ってくださる様子、そのままでした。み言のままでした。身のすくむ思いです。真のご父母様の天宙的大勝利とご苦労がゆえに大母様・興進様・訓母様・忠母様のご苦労と涙と精誠があるがゆえに本当に心の奥深くから感謝を致しまして、その光景に心情の整理をしました。6月2日は第459回の先祖解怨が行なわれました。自分によく似た先祖がいて今日は来られますよ。と、お聞きし、どう解怨しようかと私は心慌てました。自分の人生を思うと、きっとそのおばあちゃんもたくさん苦労したおばあちゃんなんだ。私だけではなかったんだ。同じ思いで歯を食いしばってきた人なんだと、体をいっぱい使って汗してきた人なんだと、直ぐ分かる気がしました。丹心歌も涙がこぼれて切実な祈りになりました。右手を左手でしっかりと握り、祈っていくとき、姿はわかりませんが私を右側で囲んでとって下さるような感じがしました。私によく似たおばあちゃん、いらっしゃいますか?ご苦労してこられたんですね。長い間、お待たせして、お許しください。会えてとっても嬉しいです。本当につらかったですね。と、言ったとたん、私のようで私でない、私がワッと激しく泣いて、ワッと言ったまま息を吸おうとしても吸うこともできない激しさに、このまま息が止まってしまうのではないかと思ったくらいです。もっともっと手を取って泣いていたかった。息も止まるほど苦しいその中におられたのだと実感、み言を学んでくださるようお願いを伝えました。ご先祖たちが私たちが解怨してくれるのを本当にその日をどんなに切実な思いで待ち焦がれておられるのだと言うことを思いました。いつまでも会えたその嬉しさに分かれも切ないけれど、また会えるのだと、先祖祝福を受けたピッカピカのおばあちゃんに、そう思い、恵みに深い感謝をいたし、そのような解怨の儀式でした。自分の手をまた握ってみました。嬉しいひと時に心から心から感謝申し上げます。 一日3回の役事、21日間で夫からは「変わったね」と言っていただける私にならないと、申しわけないと、一日一日が過ぎていく中、大母様のみ言がありました。軟らかい姿、美しい言葉、絶対服従の女性としてのたしなみを心深くいただきました。私に中にある私の思い方、見つめ方は正しいと思い込まされているものがあったなら、その人を分立していかないと夫に対してそう思わせている情が私の中にあるとするならば、悪霊がそう判断させ、コントロールさせられている自分であるならば、歯車を合わせないようにさせられているならば、そういう点を分立して見つめる心と目を持たなければいけないのだとサタン分立の見つめ方、考え方、母として妻として役事を通して分からせていただきました。あとは本当に深い悔い改めの涙で祈りました。前に座っている韓国の婦人の背中を愛と申し訳なさとやさしさといたわりで叩いていったとき、少しして突然、その婦人が私のほうに振り向いてにっこりとされて私もびっくりしていっぱいの笑顔を返しました。 役事を通して確実に自分の心情が解放されてとても熱い熱い汗の飛び散る役事でした。清平は天国の門、霊界の門と呼ばれますが、地上の清平、情心苑と霊界の興進様を中心としたと同時に、夜の祈祷会が始まり……、まさしくお父様の天宙時代と実感感動いたしました。腰の痛みも和らいで来ました。本当に楽になってきました。お父様、み旨を歩める足を下さい。お父様のために歩みたいのですと悔い改めと感謝と恵みの大きさに心震える思いで貴い時間を過ごしております。真の神様、真のご父母様、興進様、大母様、忠母様、榮進様、訓母様、心から感謝申し上げます。ありがとうございました。