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証し

振り返ってみれば全てが愛でした2003-12-10

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韓国 京畿(ギョンギ)北部教区 九里(グリ)教会 40日修練生 中村聖子(4千万双)   この40日修練会には、内的には新しく生まれ変わって再出発したいという願いがあったのと、外的には呼吸困難や息切れ、不安感を治したいという動機で参加しました。 清平に来てからは、ひどい呼吸困難になることはなくなりましたが、坂道や階段を登ったり、少し行動すればすぐ息切れがするという状態で、毎日苦痛で感謝するということができませんでした。 しかしあるときに従軍慰安婦や強制連行されて無理やり重労働させられた人たちのことを思わされました。この方々はどんなに辛かっただろうか、休みなく次から次へ、自由もなく、食事もまともに与えられず、させられるがままで、病気になっても休めない、あげくは殺害されたことでしょう。私が清平で坂を登って苦しくなったりして大変だけれど、従軍慰安婦や強制連行させられた方々はそれ以上にとても惨めな立場であったことを思うとき、私は本当に感謝な立場なのだと思わされたのです。これらの人達のことを思って慰めていけるようにならないといけないと思いました。 一週間ぐらいすると風邪をひいてせきが出てタンが喉につかえ、息が詰まりました。そして胃腸も壊し、食事もできないときがあり、体力が段々なくなってきました。不安になり、気持ちが落ち込んできました。しかし私の体がどうしようもなく疲れたときは、必ず韓貞子(ハン・ジョンジャ)勧士や講師の方々が役事のときに按手してくださったり、声をかけたりしてくださいました。そんなことを通して「神様は、苦しいときほど近くにいらっしゃる」というみ言の通りだと感じ、いつも神様が愛してくださっていることを感じました。私自身が本当にもっともっと求めていたらその神様の愛がもっと強く感じられたはずなのに、それができないことがとても申し訳なく思いました。 40日修練会が半分過ぎて、ようやく体の調子も良くなってきて生活にも慣れてきました。しかし悔い改めもできず、自分がまだ内的に変わることもできないので焦ってきました。それで何を悔い改めないといけないのか、もう一度よく考えて書き、とにかくそれを一つ一つ情心苑で祈ろうと努力しました。そうしたら神様が答えてくださいました。 以前、教会の青年団でスタッフをしていたときに、神様につなぎきれない姉妹たちがいたのですが、私は途中で海外に宣教で行くことになり、そのままになってしまったということがありました。私はそのことにとても負債を感じていました。その姉妹たちはどうなっているのだろうと、ずっと気になっていたので、そのことを悔い改めました。そうしたら、その姉妹の中の一人が入籍修練会のため清平に来て、涙の出会いができました。またその姉妹から他の姉妹のことを聞いたら数人が祝福を受けたということでした。神様がずっと育てて来られたのだと思いました。  それから清平では不思議なことがたくさんありました。会いたいと思った人にすぐに会うことができたということが何回もありました。願ったことがあまりにもすぐに叶って驚きました。何よりも恐くて家から一人で一歩も外に出られなかった私が40日間、修練会に参加できたことが奇蹟のようです。  また共に参加した兄弟姉妹たちがいつも励ましてくださったり、いろいろな面で助けてくださったりして元気づけられました。神様と真のご父母様を中心とした兄弟姉妹は素晴らしいと思いました。和動会で兄弟姉妹たちの証しや歌を聞く中で、さらに神様、真のご父母様の深い愛を感じると同時に、兄弟姉妹との間がより近く感じられてきました。 最後の役事のとき、神様が赦し、愛してくださっているからこそ、その中で感謝することができ、悔い改めができるものなのだと悟りました。修練会を終えて振り返ってみれば、あれもこれもどれも愛だったんだなと思いました。この溢れる愛と恵みを多くの人に伝え、また悪霊·恨霊となってしまった霊人達にも早く伝えていくことができるようにしてあげたいと思いました。 (「清平の恵みの証し第四集:精誠と愛によって」より抜粋引用)